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東京高等裁判所 平成5年(ネ)5268号 判決

主文

原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

理由

一  請求の原因一(被控訴人が本件特許権の特許権者であること)、同二1(本件明細書に記載された特許請求の範囲)、同二2(本件特許発明の構成要件)、同二3(本件特許発明の作用効果)、同三(控訴人が被告製品を業として製造、販売していること)、同四のうち、被告製品によつて構成されるモジュール形電気コネクタがライトハウジングとレフトハウジングをその両端に必ず有し、かつミドルハウジングを中間部に一つ以上必ず有するモジュール形電気コネクタであり、ミドルハウジングの構造が(二)ないし(五)のとおりであること、被告モジュール形電気コネクタによる構成(一)が構成要件(一)に包含されること、被告モジュール形電気コネクタによる構成(二)、(四)、(五)、(六)(いずれもミドルハウジングに関するもの)と構成要件(二)、(四)、(五)、(六)は、それぞれその構成が同一であることについては、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、構成要件(二)の「該モジュール」が両端部に相補的係合装置を具えた中間モジュールであると解釈される場合には、右「該モジュール」とは、構成要件(一)に記載された、電気コネクタを構成するモジュールのすべてを意味するものではなく、また、本件特許発明にいう「モジュール形電気コネクタ」は右のような中間モジュールのみによつて構成されるものではないとしたうえ、被告製品によつて構成されるモジュール形電気コネクタの構成を請求の原因四項記載のとおりに分説して、被告モジュール形電気コネクタは本件特許発明の技術的範囲に属する旨主張するので、この主張の当否について検討する。

1  特許発明の技術的範囲は、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法七〇条一項)、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明や図面の記載に照らして明らかであるなど、特段の事情のある場合に限つて、発明の詳細な説明や図面の記載を参酌することが許されるにすぎないものと解するのが相当であるところ、本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件(二)の「該モジュール」は構成要件(一)の「モジュール」を受けて記載されたものであつて、構成要件(一)の「モジュール」を意味するものであることは一義的に明らかである。

そして、本件特許発明はモジュールから成る電気コネクタ(モジュール形電気コネクタ)に係るものであるから、両端に一個ずつ位置するモジュールと、その中間に位置する少なくとも一個以上のモジュールから成るものであつて、構成要件(一)にいう「モジュール」が右双方のモジュールを含むものであることは明らかである(この点は、当事者双方とも当然の前提として議論しているところである。)。

したがつて、構成要件(二)の「該モジュール」は両端に位置するモジュールとその中間に位置するモジュールの双方を含むものと解するのが相当であつて、「該モジュール」が構成要件(一)に記載された電気コネクタを構成するモジュールのすべてを意味するものではないと解する余地はないものというべきである。

しかして、構成要件(一)のモジュール、すなわち、中間に位置するモジュールのみならず、両端に位置するモジュールも、構成要件(二)の「両端部が類似のモジュールの相補的部分とスナップ係合するようになつている相補的係合装置を具え」ているものということができるから、本件特許発明にいう「モジュール形電気コネクタ」は右のような形状の中間モジュールのみによつて構成されるものではないとする被控訴人の主張は採用できない。

なお、構成要件(一)のモジュールは構成要件(三)ないし(五)の構成も具備しているものというべきである。

2  被控訴人は、「該モジュール」の「該」という表現は、単にそれより前で問題になつている事物を受けてそれを示すというごく一般的な指示語にすぎず、たとえば、前で問題になつている事物が複数あるときには、それらを受けた「該」という表現が、その一部又は全部を指し示すものではあるとしても、それ以上に強く限定的かつ一義的に、その一部又は全部のいずれかを指し示すものではないから、本件においては、特許請求の範囲の他の文言や実施例等を参考にして「該モジュール」の意味が解釈されるべきところ、本件特許発明の構成要件、本件明細書及び図面の記載、及び本件特許発明の出願当時の技術常識を参酌すると、構成要件(二)の「該モジュール」とは、構成要件(一)に記載された、電気コネクタを構成するモジュールのすべてを意味するものではなく、また、本件特許発明にいう「モジュール形電気コネクタ」は右のような中間モジュールのみによつて構成されるものではない旨主張する。

しかし、「該」というのは、「問題になつている事物を指していう語。その。この。」という意味であつて(株式会社岩波書店発行「広辞苑」参照)、本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件(二)にいう「該モジュール」が構成要件(一)の「モジュール」を指していることは明らかである。

仮に、「該」の意味について被控訴人の主張するように解して、本件特許発明について、構成要件(二)は中間に位置するモジュールのみの構成を規定したものであり、構成要件(一)のモジュールのすべてについての構成を示したものではないとすると、モジュール形電気コネクタを構成する各要素を規定すべき特許請求の範囲において、モジュール形電気コネクタを構成する一要素である中間に位置するモジュールについてのみ具体的構成を規定するだけで、同様にモジュール形電気コネクタを構成する一要素である両端のモジュールについての具体的構成を規定していないこととなるが、両端のモジュールについては具体的構成を規定することを要しないとする合理的根拠は見出しがたい。

確かに、「該モジュール」の文言がコネクタの両端に位置するモジュールも含むとの解釈に立つと、両端に位置するモジュールの両端部のうち他の類似のモジュールとの係合が問題にならない外側端部においても、「類似のモジュールの相補的部分とスナップ係合するようになつている」相補的係合装置を有しなければならなくなつてしまうし、また、両端に位置するモジュールの各外側端部にある開放スロットも「類似のモジュール」の相補的部分との係合により、「相手方モジュール」の壁部によつて閉塞されなければならなくなつてしまうのであつて、これらの点は、技術常識に反するものといえなくもない。また、甲第二号証によれば、本件明細書及び図面に実施例として開示されているモジュール形電気コネクタにおいて、コネクタの両端のモジュールは、コネクタの内側に相当する端部には他の類似のモジュールと係合するための相補的係合装置を有しているが、外側になる端部は右のような相補的係合装置を有していないこと、実施例としては、両端に位置するモジュールにおいて、その外側端部にも相補的係合装置を有する構成のモジュール形電気コネクタは開示されていないことが認められる。

しかし、前記のとおり、本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件(二)の「該モジュール」が構成要件(一)の「モジュール」を指していることは明らかであり、右「該モジュール」に、中間に位置するモジュールのみではなく、両端に位置するモジュールも含まれるか否かを解釈するために本件明細書の発明の詳細な説明や図面の記載を参酌する必要があるとは認めがたいこと、構成要件(二)は中間に位置するモジュールのみの構成を示したものであつて、構成要件(一)のモジュールのすべてについての構成を示したものではないとすると、モジュール形電気コネクタを構成する各要素を規定すべき特許請求の範囲において、両端のモジュールについての具体的構成を規定していないこととなつて不合理であることからすると、構成要件(二)の「該モジュール」は「両端部が類似のモジュールの相補的部分とスナップ係合するようになつている相補的係合装置を具えた」ものと規定され、「該モジュールの前記両端部」はモジュールの両端部に相補的部分と相補的係合部分とが設けられていることを意味するものと解せられる以上、両端のモジュールも同様の構成を有するものと解さざるをえないのであつて、被控訴人の前記主張は採用できない。

3  被控訴人は、構成要件(二)の「該モジュール」とは「中間モジュール」を意味するものであり、また、本件特許発明の「モジュール形電気コネクタ」は、少なくとも一個以上の「中間モジュール」と、両端に一個ずつの端部モジュールとにより構成されるものというべきであるから、本件特許発明の構成要件(二)ないし(五)と対比されるべき被告モジュール形電気コネクタによる構成は、同構成(二)ないし(五)に分説した「ミドルハウジング」に関するものであり、かつ、これで十分である旨主張する。

しかし、構成要件(二)の「該モジュール」が中間に位置するモジュールのみを指すものではなく、両端に位置するモジュールをも含むものであることは前記説示したとおりであり、本件特許発明のモジュール形電気コネクタは構成要件(二)ないし(五)の各構成を有する、中間に位置するモジュールと両端に位置するモジュールとから成つているのであるから、これと対比すべき被告製品によつて構成されるモジュール形電気コネクタについても、端部モジュールも含めたものとして特定することが必要である。

しかして、被告製品によつて構成されるモジュール形電気コネクタがライトハウジングとレフトハウジングをその両端に必ず有し、かつミドルハウジングを中間部に一つ以上必ず有するモジュール形電気コネクタであることは、前記のとおり当事者間に争いがなく、別紙物件目録二、三及び弁論の全趣旨によれば、被告製品によつて構成されるモジュール形電気コネクタの構成は、次のとおりであることが認められる。

(一)  両端部間に、各電気接触子を収容するための二個、三個、四個又は八個の孔を有するほぼ直方体状の弾性絶縁材料から成るモジュールにより構成される電気コネクタであること。

(二)(1) (一)項記載のモジュールのうちその一種であるミドルハウジングは、その両端部にミドルハウジング、ライトハウジング又はレフトハウジングの相補的部分とスナップ係合するようになつている相補的係合装置10’及び11’を具えていること。

(2) (一)項記載のモジュールのうちその一種であるライトハウジングは、その一端部にミドルハウジング又はレフトハウジングの相補的部分とスナップ係合するようになつている相補的係合装置11’を具え、その他端部にコネクタ枠の案内スロット13’に受承される部分12’を有すること。

(3) (一)項記載のモジュールのうちその一種であるレフトハウジングは、その一端部にミドルハウジング又はライトハウジングの相補的部分とスナップ係合するようになつている相補的係合装置10’を具え、その他端部にコネクタ枠の案内スロット13’に受承される部分12’を有すること。

(三)(1) ミドルハウジングの一端部における孔8’は、当該孔8’の幅のほぼ三分の一の幅まで延出する壁部19’によつて部分的に包囲されるように、電気接触子入口部から端子柱入口部20’の手前まで開口する当該孔8’の全長と同一の長さでかつ孔8’の幅のほぼ三分の二の幅の開放スロット18’を有し、該孔8’の下端部に隣接する下方部分は壁部24’により完全に包囲されるように閉塞されており、その他端部における孔8’は、当該孔8’の幅のほぼ三分の二の幅まで延出する壁部23’によつて部分的に包囲されるように、電気接触子入口部から端子柱入口部20’の手前まで開口する当該孔8’の全長と同一の長さでかつ孔8’の幅のほぼ三分の一の幅の開放スロット22’を有し、該孔8’の下端部に隣接する下方部分は壁部24’により完全に包囲されるように閉塞されていること。

(2) ライトハウジングの一端部における孔8’は、当該孔8’の幅のほぼ三分の一の幅まで延出する壁部19’によつて部分的に包囲されるように、電気接触子入口部から端子柱入口部20’の手前まで開口する当該孔8’の全長と同一の長さでかつ孔8’の幅のほぼ三分の二の幅の開放スロット18’を有し、該孔13’の下端部に隣接する下方部分は壁部24’により完全に包囲されるように閉塞されていること。

(3) レフトハウジングの一端部における孔8’は、当該孔8’の幅のほぼ三分の二の幅まで延出する壁部23’によつて部分的に包囲されるように、電気接触子入口部から端子柱入口部20’の手前まで開口する当該孔8’の全長と同一の長さでかつ孔8’の幅のほぼ三分の一の幅の開放スロット22’を有し、該孔8’の下端部に隣接する下方部分は壁部24’により完全に包囲されるように閉塞されていること。

(四)(1) ミドルハウジングの両端部における孔8’を部分的に包囲する壁部19’及び23’は、当該モジュールの両側壁から内方に延出していること。

(2) ライトハウジングの一端部における孔8’を部分的に包囲する壁部19’は、当該モジュールの側壁から内方に延出していること。

(3) レフトハウジングの一端部における孔8’を部分的に包囲する壁部23’は、当該モジュールの側壁から内方に延出していること。

(五)(1) ミドルハウジングの一端部は、ミドルハウジング又はレフトハウジングの相補的部分と係合することにより当該モジュールの前記開放スロット18’が相手方モジュールの前記のほぼ三分の二の幅の壁部23’によつて閉塞され、その他端部は、ミドルハウジング又はライトハウジングの相補的部分と係合することにより当該モジュールの前記開放スロット22’が相手方モジュールの前記のほぼ三分の一の幅の壁部19’によつて閉塞されること。

(2) ライトハウジングの一端部は、ミドルハウジング又はレフトハウジングの相補的部分と係合することにより当該モジュールの前記開放スロット18’が相手方モジュールの前記のほぼ三分の二の幅の壁部23’によつて閉塞されること。

(3) レフトハウジングの一端部は、ミドルハウジング又はライトハウジングの相補的部分と係合することにより当該モジュールの前記開放スロット22’が相手方モジュールの前記のほぼ三分の二の幅の壁部19’によつて閉塞されること。

(六)  モジュール形電気コネクタであること。

4  そこで、被告製品によつて構成されるモジュール形電気コネクタの右構成と本件特許発明の構成要件とを対比すると、両端に位置するモジュール(端部モジュール)の構成が相違しているから、その余の構成(被告製品の孔8’は構成要件(三)の「腔8」に当たるか否か、被告製品の壁部19’(23’)の幅及び開放スロット18’(22’)の幅は孔8’の「ほぼ半分の幅」(構成要件(三))といえるか否か)について検討するまでもなく、被告製品によつて構成されるモジュール形電気コネクタは本件特許発明の技術的範囲に属しないものというべきである。

三  右のとおり被告製品によつて構成されるモジュール形電気コネクタは本件特許発明の技術的範囲に属しないのであるから、ミドルハウジングを被告製品によつて構成されるモジュール形電気コネクタの製造に使用することが本件特許発明に対する間接侵害に当たらないことは明らかである。

四  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の予備的主張に基づく請求は理由がなく、これを棄却すべきものというべきところ、これに反する原判決は不当であるから取り消すこととする。

よつて、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条、一五八条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 浜崎浩一 裁判官 押切 瞳)

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